セルジューク朝とオスマン帝国の絨毯織りの歴史

1. セルジューク朝の絨毯織り(11〜13世紀)

セルジューク朝は、中央アジアからアナトリアへ移住した際、古来の遊牧民の織物文化を持ち込みました。

この時代の絨毯は、イスラーム的な幾何学模様、自然への敬意、秩序と調和を重視しており、トルコ絨毯芸術の基礎を築きました。それらは礼拝所、宮殿、家庭などで広く使用されていました。

技術的特徴

  • 結び方:トルコ結び(ギョルデス結び)=二重結び構造
  • 素材:羊毛(経糸・緯糸)、天然染料(ザクロの皮、藍、タマネギの皮など)
  • :赤、濃紺、緑、ベージュ、茶
  • 構図:対称的な幾何学模様、八角形や星形の中心文様
  • 縁取り:クーフィー文様(アラビア書体を装飾化したもの)

主要な生産地

  • コンヤ(Konya)セルジューク朝の首都。宗教施設用の大判絨毯で有名。
  • カイセリ(Kayseri)深紅の地色と緻密な織り。
  • ベイシェヒル(Beyşehir)礼拝用の「二つのミフラーブ(祈りの窪み)」を持つデザイン。
  • スィヴァス(Sivas)植物文様を多用。

代表作

  • コンヤ・アラエッディン・ジャーミーの絨毯(13世紀)赤地に幾何学模様、クーフィー文様の縁取り。
  • ベイシェヒル・エシュレフォール・ジャーミーの絨毯無限文様の構成と強い色彩コントラストが特徴。

現在、ベルリンとコンヤの博物館に保存されている「アナトリア・セルジューク絨毯」は、世界最古級のイスラーム絨毯として知られています。

宗教的・美的意義

セルジューク絨毯の対称性は「神の創造の秩序」を象徴します。

繰り返される文様は「永遠」と「宇宙の調和」を意味し、織る行為そのものが「祈り」として受け止められていました。

2. オスマン帝国の絨毯織り(14〜19世紀)

オスマン帝国は、セルジューク文化を継承しつつ、絨毯織りを「宮廷芸術の域」まで発展させました。この時代、絨毯は信仰・美・外交贈答品の象徴でした。

技術的特徴

  • 結び:主にトルコ結び(ギョルデス)だが、時にペルシャ結び(シネ)も使用。
  • 素材:羊毛、絹、金・銀糸。
  • 染料:天然植物・鉱物染料。
  • 構図:中央メダリオン文様、花柄、唐草、対称的構成。

主要な生産地と特徴

地域特徴
ウシャク(Uşak)ヨーロッパへ輸出された有名な「ホルバイン」「ロット」絨毯。赤地と藍色の調和。
ヘレケ(Hereke)宮廷直属の工房。絹や金糸を使用した最高級絨毯。
ギョルデス(Gördes)礼拝用絨毯(ミフラーブ文様)で有名。色彩の調和が美しい。
クーラ・ラディク・クルシェヒル地方伝統を守る民俗的な絨毯群。
カイセリ(Kayseri)羊毛・絹両方で製作。繊細で上品な構図。

文様の象徴

オスマン絨毯は自然から着想を得た文様に満ちています。文様の対称性と色彩の調和は、「神の美しさ(Cemalullah)」を視覚的に表現しているとされます。

  • チューリップ(Lale):神への愛、美、祈りの象徴。
  • カーネーション(Karanfil):忠誠と情熱。
  • 糸杉(Servi):永遠・謙遜。
  • ルーミーとハタイ(Rumi, Hatayi):イスラーム装飾美術の典型的文様。

ヨーロッパとの関係

16〜17世紀、オスマン絨毯はヨーロッパの絵画に頻繁に登場します。ハンス・ホルバイン、ロレンツォ・ロット、ハンス・メムリンクなどの画家が描いたため、今日でもそれらのデザインは「ホルバイン絨毯」「ロット絨毯」と呼ばれています。

ヨーロッパではオスマン絨毯が富と高貴さの象徴となりました。

ヘレケ絨毯(19世紀)

  • スルタン・アブドゥルメジドが設立した「ヘレケ御用工場」により製作。
  • 絹や金糸を用い、1平方センチに数千の結び目が施される超高密度の織り。
  • デザインはオスマン古典様式に加え、ヨーロッパのバロック・ロココの影響も受けています。

宗教的・文化的意義

オスマン社会で絨毯は「聖なる空間の床」として扱われました。それは清浄・信仰・秩序の象徴です。また女性の忍耐と祈り、家族の絆を表す「織る祈り」でもありました。

結論

セルジュークの絨毯は「神の秩序」を表し、オスマンの絨毯は「神の美」を表す。

セルジュークは幾何学で宇宙を描き、オスマンは色彩と絹で天上の美を表現しました。両時代とも、トルコ絨毯を世界最高の芸術品へと昇華させたのです。

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